61 人生楽しむ天囚の書

 郷土の偉人・西村天囚(1865〜1924)の資料を研究している湯浅邦弘教授(大阪大学大学院)が3月、調査のために来島しました。新型コロナウイルス感染症の影響で、残念ながら講演会は無観客の開催となりました。講演内容は近くウェブ公開される予定です。
 新発見資料をいくつか紹介する中に、中国の詩人、陶淵明(365〜427)作の漢詩がありました。大正8(1919)年、天囚が30年間務めた朝日新聞社を退職する年にしたためた書です。湯浅教授が講演用資料として用意した解釈文は次の通りです。
 「人間の生命には、木の根や蒂へたのようなよりどころがなく、飄々と舞い上がる路上の塵のようなもの。分散して風に吹き飛ばされて、この身はもとの姿をとどめることができない。この世に生まれ出て、みな兄弟のようなもの。どうして肉親だけと楽しもうか。うれしい時は楽しめばよい、酒をたっぷり用意して近隣の仲間を集めよう。元気盛んな年頃は二度とはやってこないし、一日に二度目の朝はない。その時々にせいぜい努め励もう。歳月は人を待ってはくれないのだから。」

 全文60字のうち最後の一節「及時当勉励 歳月不待人(時に及んで当まさに勉励すべし。歳月は人を待たず)」は有名です。時を惜しんで勉学に励むように若者を激励する文意だと思っていたが、どうもそうではなさそうだと湯浅教授は言います。退職の節目を前に「人生を存分に楽しもう」と、意気盛んに筆を揮ったのではないか。なるほど、と私も思います。

西村天囚書「人生無根蒂」(西村家所蔵)